
あえて、居心地の良い環境を飛び出し、子ども起点を追求する

4年間務めた保育園を”たまたま”離れ、エデュリーの探究学習をベースにした保育を一緒に作っている遠藤園長。居心地の良い環境を飛び出してまで実現したい主体性保育の原点について聞いてみた。
記事に登場する人

新卒で幼稚園に入社後、子育てや事務職を経て、保育に復帰。社内異動にて保育園やインターナショナルスクールの主任や園長を14年間務めた後、エデュリーのマロカル保育園園長に就任。
子どもたちの悩む姿が羨ましかった
「娘や息子の生活環境が変わるタイミングで、私も一緒にというのが転職のキッカケでした」
「給料も良かったし、居心地も良かったし、確実にステップアップをさせてもらっていたので、別に転職しなくても良かったんですけど」
「ちょうど上の娘が産休復帰のタイミングで、仕事と子育てを両立しなきゃいけないという不安を抱えていたんです。下の息子も大学を卒業して、一人暮らしをして就職をする。子ども達が新しい道に一歩踏み出す不安だったり、それでも未来の構想があって、自分はこうしていきたいと話している表情なんかがすごく羨ましいなと思って、じゃあ私もこの先何年保育できるかわからないから、本当にやりたかったことを一生懸命考えてみようと思いました」
魅せる保育と子ども主体の保育

これまでも子どもの主体性が尊重される保育をしてきた遠藤園長。ただ、親御さんが保育園に求めていることを魅せる保育(みせる保育)と子ども主体の保育に矛盾が発生することもあった。
「14年勤めた保育園も主体性を重視した”見守る保育”でした。給食はバイキング形式で自分にあった食事量を自分で決められたり、園庭と教室で遊ぶのどっちでもいいよと選択できたり、子どもの意見を取り入れる保育をしていた」
「ただ、行事になると親御さんにお子さんの頑張っている姿を喜んでもらうために大人主体になる場面が増えてしまって、先生が決めたものを踊ったりしていました。また、異動して、インターナショナルの保育園に行った際は、英語が嫌いな子も英語のレッスンを受ける必要があったり、親御さんが園に求めているものと自分の中の主体性保育が一致しない難しさがありました」
遠藤園長が居心地の良い環境を飛び出してまで、子どもの主体性を追求することにこだわるのは、親としての強烈な原体験があった。
私の主体性の原点は息子のお陰

「うちの息子は、自分がやりたいことじゃないとやらない子だったんです。でも、当時はあまり息子のことを見ずにお受験幼稚園に入ったり、男の子だから体をちゃんと鍛えなきゃとスイミングに行ったり、社会に出て字を綺麗に書けるように習字をしたり、親の思いだけが先行していました」
「小学校に上がった時に、学校の先生から『机に座れない』と面談で言われたことがあって、当時は『何とかしなきゃ』という思いで、わざわざ学校を早退させて病院や療育センターでいろんな診断を受けて、息子をたらい回しにしていました」
「ある時、息子に『僕は普通の子じゃないの?病気なの?僕は何かいけないの?』って真剣に聞かれたんです。勝手に「こうあるべき」という私の思い込みで、息子の気持ちを無視して、息子の心を壊してしまう一歩寸前でした。だからそうじゃなくて、この子が何に興味を持って、何をしたら集中ができて、それが影響して他の事にも興味を持ってというように、まずは目の前の息子と向き合っていかなきゃなって考えるようになった。私が主体性にこだわるのは息子のお陰です」
「今は公務員になって仕事をしてるので、子どもの一番得意なものとか、興味のあるものとかをサポートすることによって、色んな道が開けるんだなって思っています。私があの時やっていたことは間違ってたんだなってすごく反省しました」
そして、遠藤園長は過去の経験を、今の保育園創りに活かしている。
「保育園の見学で、英語やってますか?体操やってますかとか?って結構聞かれるんですけど、やりたいものがまず見つからないと子ども達も長続きしない。なので、まずは園の中で色んなものに触れる経験を一生懸命やる。その中で、興味のキッカケを保育園で掴んで、おうちで習いたいって自分の口から出たら、その環境づくりをお母さん達がサポートする方が長く続くと思いますと伝えています。なので、まずは色々なことを知る場所にしていきたいです」
エデュリーでは、何をやるかよりも、どのようにやるかに重きを置く。何をやるかは正直なんでもいい。なぜなら、子どもが何をやりたいかによって変わるし、子ども自身が目を輝かせながら取り組んだ経験に意味があるからである。ただ、好き勝手に子どもを放任するわけでもなく、子どものつぶやきから始まった「何か」から、保育士が仕掛ける。その何かの一例として、昨年はテーブル作りがあった。
テーブル作り

「去年の年長さんはお部屋のレイアウトを自分たちで考えていたので、レイアウトを作っていたらそこに変な空間ができてしまって、『何か寂しいね』っていう子どものつぶやきからテーブル作りに繋がりました」
「実際にテーブルを作るにあたって、子どもたちから不思議なことがいっぱい出てくる。テーブルにも色々な形や大きさがあること、長さを測るにはメジャーが必要なこと、大きさにはcmとmの違いあること、材料を調達するにはお金が必要があり、数字を理解する必要もあること、木はハサミでは切れないことなど、体験を通して、不思議が生まれ、実際に本物を見に行ったり、タブレットで調べたりしながら、世の中の仕組みを学んでいく」
「最終的にドーンとしたテーブルになって、去年の年長さんはそのテーブルで給食を食べて、今年もそこで制作をしたりとか、子どもたちのシンボルになっています。保育園に見学に来てくださる方にもテーブルの写真を見せた後に実物を見せると、『写真で見るよりもすごく素敵な色ですね』って言ってくださる方が多くて、自分たちで全部色も決めているので、ちょっとぐちゃぐちゃにはなってるんですけど、『子どもたちならではの色の配置なんでしょうね』と言ってくださったり、すごく素敵な活動をしてくれたなと実感しています」
子どもを信じる、そして変わる

完成した華やかなテーブルだけを見れば、すごいという言葉しかでない。しかし、5歳の子どもたちがノコギリで木を切ったり、金槌でテーブルを組み立てたりするのは相当大変である。当然、「難しい、できない」と諦めかける子どもたちの姿もあった。それでも、遠藤園長は子どもたちの気持ちを最大限尊重し、やらせることなく、当時も「頓挫してしまうかもしれません」と笑いながら話していた。
「停滞した時はもう声を掛けない。勝手に片付けはせず、そのまま置いておく。子どもがそこに戻ってくるまで信じて待つしかない。担任と『このまま終わっちゃうかも』と心配はしたんですけど、でも信じようって決めたからには最後まで信じようと思って。本当は2か月くらいで終わる予定が最終的には4ヶ月かかりました笑」
一大プロジェクトを完成させた子どもたちにも変化があったという。
「よく子どもたち自身で話し合うようになりました。自分たちで作ったからこそ物を大切にするようになったので、テーブルが汚かったらキレイに拭くとか、片付けるとか。やっぱり経験をしたからこそ身に付くものってあるんだなと思うし、本当にテーブル作りをきっかけに子どもたち同士で話し合うことが上手になりました」
より高く。山の登り方と理想の保育

現状に妥協することなく挑戦を続ける遠藤園長の理想は何だろうか。
「全部のクラスが子どもと一緒に1日を動かせる保育ができる時ですかね。どうしてもまだ時間の縛りや週案の縛りを気にしすぎているというか、目標に対して柔軟に色んな方向で保育をしていけるようにしたい。富士山だって、静岡から登る人もいれば、山梨から登る人がいて、みんな同じ頂点を目指すわけですから。でも、そう思いながら私が達成感を味わった時に多分辞めると思います。まだまだやりたいことがある」
今日も明日も遠藤園長は高い目標に向かっている。そしてやることが山積みだ。
